「紅茶のある風情」
〜ある紅茶専門店に行き交う人たち〜


紅茶との相性のいいお話と共に、ここでのお時間、
ごゆっくりお過ごしください。


【第一話】『二丁拳銃の男』
「紅茶専門店」と聞くと、たいがいは女性客が多く、
男性にとって、一人で店に入るには
入りにくいと思われているかもしれない。
当店も最近は男性客が多くなってきたとは言え、
当初は圧倒的に女性客が多かった。
当の私でさえも、女性ばかりの店に入るのに男一人では、
さすが、何か気恥ずかしい。
思いがして、緊張して心臓がドキドキと高鳴るものです。
そんな時は、思い切りが肝心である。
 三月も末のある日、もうすぐ春とは言え、夜7時も過ぎれば、辺りは暗く静まり返り、まだ肌寒さも感じる。
こんな時間帯に店にみえているお客さんは、せいぜい1組か2組もみえれば良い方である。
そんな時、突然、店の扉を「パターン」と、大きな音を立てながら、勢いよく店に飛び込んできたお客さんがいる。
突然の物音に、ふと、入り口の方を見ると、恐らく店に入る前は、両手をズボンのポケットに入れていたのかも知れない、その両手を、丁度ポケットから出したばかりの格好で、上から下まで黒ずくめの服装の男が、目を、カッと見開いて立っている。

私は幼い頃、よくアメリカの西部劇のテレビを見ていた。たいがいのストーリーには、
町の保安官と、ならず者や賞金稼ぎとの決闘シーンが出てくる。
とある町の、町外れにある酒場に、昼間から酒を飲んで、ある者はトランプをしたり、
ある者は、仲間とくだらないお喋りをしているならず者たちがいる。
外は時折強い風が吹いて、砂ぼこりが舞い上がっている。
そこへ、腰に二丁の拳銃をさげた賞金稼ぎが、馬にまたがってやって来た。
黒づくめの服装で、無精ひげを生やし、眼光は鋭い。
男は、酒場とは反対の店の前に馬をつなぎ、用心深そうに辺りを見回しながら、
ゆっくりと酒場の方へ向かった。
酒場の前へ来ると、男は立ち止まり、そして、いつでも銃を持てるように身構え、
大きく深呼吸をした後、意を決して店の中へ飛び込んだ。

話が少し長くなってしまいましたが、店に入ってきた彼を見て、一瞬、その時のシーンを想像してしまった。

「いらっしゃいませ」と、優しく声をかけてみると、緊張の糸がほぐれたのか、笑みを浮かべながら、
彼は少し照れくさそうにカウンターの席へ着いた。
席に着くと、彼はメニューを見るのもそこそこに、「紅茶を下さい!」とだけ言って注文する。 
紅茶の専門店へ来て、「紅茶」と、一言でいっても、メニューはたくさんあります。
 この手の専門店と言われる店の多くは、たいがい世界の三大産地茶や、紅茶メーカーの各種銘柄茶をそのまま提供しているところが多く見受けられます。
中には、100種類以上もの産地茶(エリヤ・ティー) や、銘柄茶を扱っているところもあるようですが、うちの店では、ほとんどがスリランカ産が中心です。

少しの茶葉しか扱っていないのに、それでも専門店なの?と思われるかもしれませんが、特定の茶葉に特化するのも、専門店としての在り様だと考えています。

それは、紅茶も農産物である以上、『鮮度』が重要だと思うからです、もちろん、生鮮野菜であるキューリやキャベツと紅茶は違います。
 紅茶は完全発酵させ、熱処理をして、これ以上の酸化を止めてあるので、酸化劣化しにくく長期の保存に耐えます。
そうとは言え、やはり、月日と共に徐々に風味は落ちてきます。ちなみに、新茶としての風味は、それが作られてから、緑茶で三ヶ月、ウーロン茶6ヶ月、紅茶は1年あるとされています。
しかし、紅茶の原産国のティー・テイスターに言わせれば、紅茶でさえも、
新茶としての風味は、3〜4ヶ月で半減してしまうらしい。
だから、何十種類もの茶葉を取り扱えば、その数が多いほど、鮮度管理は大変になってきます。

 プロとしてお客様からお金を頂く以上、古くなったお茶は人前に出せない、
そんな思いから、取り扱う茶葉は数種類しかありません、
しかし、紅茶としての楽しみ方は、単に、ストレート・ティーとしてのみだけではありません。
たった一つの産地茶からでも、幾種類ものバリエーション・ティーとして楽しむこともできるのです。
例えば、ミルクを加え煮込んで作るミルクティーや、フルーツやスパイス、ハーブ等を
使って自分の好みの味、香りを作る、そんな楽しみ方もできます。

 カウンターに座った彼には、取りあえず味の好みを聞いて、ストレート・ティーとして、味・香りのバランスの良いディンブラ茶を出してみる。
うちの店で、ストレート・ティーをお客様にお出しする場合、約350t程度お湯の入ったポットを特製のティーコジーに包んで持っていきます。お客さんの目の前には、カップ&ソーサーは勿論のこと、このポットと、茶コシと、砂時計が用意されます。
この砂時計によって茶葉の蒸らし時間を計ってもらうのです。BOPタイプの茶葉で3〜4分、OPタイプの茶葉で5〜6分が目安です。但し、この時間は、あくまでも目安であって、香りは若干衰えるものの、紅茶としての味わい……は7〜8分後がベストと言えます。

 目の前に出された本格的なセッティングに、彼は目を丸くしながらも、ワクワクしながら、砂時計の砂が落ちるのをジーッと待ている。
やがて時間が来て、一杯目の紅茶をカップに注ぐ。まだ少し緊張しているのか、カップを持つ手が少し震えながら、それを、そーっと口に運んだ。
私にとっては、彼の次の表情がどうなるのか、すごく気にかかる。
内心ドキドキしながら彼を見ていると、彼は一口のみ終えて、ゆっくり一言、
「いいすっねー」と、ニッコリ笑いながら言ってくれた。
私も、ホッとする一瞬である。

 彼の名前は中内君という、まだ学生さんだ、うちの店の近くにアルバイトに来ていて、………………………
このお話の続きは、お店の方に小冊子がございますので、
ご指名いただけますなら嬉しく思います。
どうかご来店、お待ちしております。



紅茶専門店 LiNDENリンデン 0572-67-1761
岐阜県瑞浪市薬師町2-60